Google Stitch を使い始めた頃は、「AIがUIを作ってくれる便利なツール」という以上の考えを持っていなかった。
だが、使い続けるうちに、ふとした瞬間に立ち止まることが増えた。「これは本当に”デザイン”なのか」「私はここで何をしているのか」——そういう問いが、作業の合間に浮かぶようになった。
この記事は、そういう問いを正面から考えてみた記録だ。結論めいたものはないかもしれないが、同じことを考えた人に読んでほしい。
「作る」のはAIか、私か
Google Stitch でUIを生成したとき、それを「私が作った」と言っていいのだろうか。
プロンプトを書いたのは私だ。どんなUIにするかの方向性を決めたのも私だ。生成されたものを評価し、再指示するかどうかを判断したのも私だ。だが、ピクセルを一つ動かしたのはAIであり、HTMLのコードを一行書いたのもAIだ。
これは「写真家は写真を撮ったのか、カメラが撮ったのか」という問いに似ている。技術が人の手の代わりをするとき、「誰が作ったか」という問いは曖昧になる。だが、写真家がシャッターを押す判断をした事実は消えない。
私の答えは今のところ「私が意図し、AIが表現した」だ。意図が私のものである限り、それは私の作品だと思っている。ただ、この答えが正しいかどうかは、まだわからない。
「デザイン」の本質は何だったのか
Google Stitch を使い始めてから、「デザインとは何か」をより真剣に考えるようになった。
従来のデザインプロセスでは、「考えること」と「手を動かすこと」が一体だった。Figmaでフレームを作りながら考え、考えながらフレームを修正する。その繰り返しの中で、最初に想定していなかったアイデアが生まれることがあった。
Google Stitch では「考えること」と「表現すること」が分離する。プロンプトを書く(考える)→AIが生成する(表現する)→評価する(また考える)という流れだ。この分離は、思考をより明確に言語化することを求める。漠然と「なんかいい感じ」を模索する時間が減り、「自分が何を求めているか」を言葉にする時間が増える。
これは良いことでもあり、何かを失っていることでもあるかもしれない。手を動かしながら偶然に出会うアイデアは、言語化を求めるプロセスでは生まれにくい。
「決める人」の役割はむしろ増えている
Google Stitch を使うと、作業の一部がAIに委ねられる。だが、「何を作るか」「どちらのバリエーションを選ぶか」「これで十分か」という判断の回数は増える。
生成されたUIは複数の候補として出てくる。それを評価し、選び、方向性を決める——これは純粋に「意思決定」の連続だ。「作る」作業が減り、「決める」作業が増える。
デザイナーの役割が「手を動かす人」から「判断する人」に移行していく、という話は以前から言われていた。Google Stitch を使う体験は、その変化を身をもって感じさせるものだった。
ユーザーへの共感は、AIには代替できない
どれだけ精巧なUIをAIが生成しても、「このボタンを押すとき、ユーザーは何を感じているか」という問いに答えるのは、依然として人間の仕事だ。
Google Stitch は「与えられた指示に対して最適なUIを生成する」ことは得意だが、「何を指示すべきか」を考えることはしない。ユーザーがどんな状況で使い、何に迷い、何に安心するかを理解した上で指示を組み立てるのは、使う側の責任だ。
AIが表現を担うようになるほど、「何を表現するか」を決める人の感性と判断が、よりクリティカルな要素になる。ツールの進化は、使う人の思考力をより重要にするのかもしれない。
これからのデザインと、私の立ち位置
「AIがデザインを作る」時代は、すでに始まっている。Google Stitch はその一例に過ぎず、今後も似たようなツールが増え、AIの能力は向上し続けるだろう。
その中で私がどこに立つかを考えると、「意図を持つ人」でありたいと思う。何を作るか、誰のために作るか、どんな体験を届けるか——この問いに向き合い続けることが、AIツールと共存する上で最も大切なことだと今は思っている。
ツールは変わる。だが問う習慣は、誰にも代替されない。
よくある質問
Q1. AIが作ったデザインは「本物のデザイン」ではないですか?
「本物かどうか」よりも「意図があるかどうか」の方が本質的な問いだと考えています。AIが表現を担っても、何を作るかを決めた人間の意図は本物です。ただし、意図なく生成したものを「デザインした」と言い切るのは難しいかもしれません。この問いへの答えは、使う人それぞれが自分で決めるべきものだと思います。
Q2. Google Stitch を使うことで、デザインスキルは低下しますか?
使い方によります。生成結果を「なぜ良いか/悪いか」と分析せずに使い続けると、評価眼が育ちにくいかもしれません。逆に、生成物を批評的に見て言語化する習慣を持てば、デザインへの理解が深まることもあります。ツールが思考を代替するか補強するかは、使い方次第です。
Q3. 「手を動かす経験」は今でも必要ですか?
私はまだ必要だと思っています。手を動かすプロセスの中で生まれる偶発的な発見や、実装難易度への直感的な理解は、AIに委ねるだけでは得にくいものです。ただし、それが「ゼロからピクセルを置く経験」である必要はなく、評価・修正・言語化の繰り返しも「手を動かすこと」の一形態だと考えています。
Q4. AIデザインツールの進化で、デザイナーという職業はなくなりますか?
職業の形は変わるかもしれませんが、なくなるとは思っていません。ユーザーへの共感、文化的文脈の理解、ブランドの一貫性の判断——これらはAIが数値化しにくい領域です。「作る仕事」が減り「決める仕事」が増えるという変化の方が、現実に近いと感じています。
Q5. この記事で書いている問いに、明確な答えはあると思いますか?
今の私にはありません。「AIが作るとはどういうことか」は、技術の進化と社会の変化の中でゆっくり答えが形作られていくものだと思っています。答えを急ぐより、問い続ける習慣を持つことの方が大切だと考えています。
Q6. この問いを考えることは、実際の仕事に役立ちますか?
役立っています。「AIに何を任せ、自分が何を担うか」という境界線を意識することで、ツールの使い方が変わりました。感覚的に使うより、意図を持って使う方が、アウトプットの質が上がる——それが実感です。
まとめ
Google Stitch を使いながら考えてきたのは、「AIがデザインを作る」という言葉の意味だった。
- 「作る」のは意図を持つ人であり、AIは表現を担う
- 「考えること」と「表現すること」の分離が、思考の言語化を求める
- AIの台頭で、「決める人」の役割はむしろ増えている
- ユーザーへの共感は、AIに代替されない
- ツールが変わっても、「意図を持つ習慣」は残り続ける
この問いに、今すぐ答えは出なくていいと思っている。使い続けながら、考え続けることが、今の私のスタンスだ。