デザインについて、私には専門的な知識がない。
色彩理論も知らない。タイポグラフィの原則も習ったことがない。Figmaの操作に苦手意識がある。「UIデザイン」という言葉は知っているが、実務で体系的に学んだことはない。
そんな状態でGoogle Stitch を使い始めて、半年が経った。
最初に持っていたいくつかの期待と、いくつかの不安と、いくつかの誤解。それらのうち、半年後も残っているものと、消えたものがある。
この記事は、そのリストだ。
一言で言えば、「AIがデザインの壁をなくしてくれる」という期待は半分正解だった。残った壁は「デザインの技術」ではなく「何を作るかを決める判断力」だった。
使い始めた頃の状態
Google Stitch を使い始めたのは、社内ツールの画面を刷新しなければいけないタスクが降ってきたのがきっかけだった。
デザイナーがいないチームで、「誰かがやらなければいけない」という状況で、「AIを使えば自分でもできるかもしれない」と思って試してみた。
最初に持っていた期待
- 「プロンプトさえ書けば、プロのデザイナーが作ったようなUIができる」
- 「デザインに時間がかからなくなる」
- 「デザインの勉強をしなくてよくなる」
- 「Figmaを使わなくて済む」
最初に持っていた不安
- 「プロンプトがうまく書けなくて、思ったものが出てこないんじゃないか」
- 「出てきたUIが使えないクオリティだったらどうしよう」
- 「デザインの素養がなくて、良し悪しの判断もできないんじゃないか」
最初の1ヶ月:期待の半分が裏切られ、不安の半分が消えた
使い始めて1ヶ月が経つ頃に、期待と現実のズレが見えてきた。
裏切られた期待
「プロンプトさえ書けばプロ水準のUIができる」——これは半分正解で半分違った。
Google Stitch が出すUIの「第一印象の品質」は確かに高い。見た目はそれっぽい。でも「使えるUI」と「プロが作ったUI」の間には、細部の精度に差がある。余白の揃い方、テキストの読みやすさ、タップ対象のサイズ——そういった「使いやすさの細部」は、AIの生成に頼るだけでは届かないところがあった。
最初は「生成されたものをそのまま使う」という意識だったが、1ヶ月後には「生成されたものをベースに手を入れる」という意識に変わっていた。
消えた不安
「プロンプトがうまく書けなくて、思ったものが出てこないのでは」という不安は、かなり早く消えた。
自然な言葉で書いても、ある程度意図を汲んでくれる。「シンプルなログイン画面」というざっくりした指定でも、使えるレベルのものが出てくる。「プロンプトが下手で全く使えないもの出てくる」という最悪のケースは、一度も起きなかった。
「デザインの良し悪しの判断もできないのでは」という不安も、思ったより早く消えた。デザインの技術的な言語化はできなくても、「これ、なんか使いにくそう」「これは見やすい」という感覚的な判断は誰にでもある。その感覚を頼りに「もう少し大きく」「色が暗すぎる」とプロンプトを修正することは、デザイン知識がなくてもできた。
3ヶ月後:残った壁が見えてきた
使い続けるうちに、「これはGoogle Stitch があっても変わらない」という壁が見えてきた。
「何を作るか」の判断は自分でするしかない
Google Stitch は「こういうUIを作って」という指示に答えてくれるが、「何を作れば問題が解決するか」という問いには答えてくれない。
ユーザーが本当に困っていることは何か。このページで達成したいゴールは何か。情報をどういう順番で見せるべきか——こういった「何を作るか」の判断は、AIがどれだけ賢くなっても、設計する人間が考えるしかない。
3ヶ月使って感じたのは、「AIがデザインの技術的な壁をなくしてくれた分、設計の判断力の重要性が逆に上がった」という感覚だった。ツールが強力になると、「道具の使い方」より「何を作るかの判断」の方が重要になる。
「良いUIとは何か」を学ぶ必要がなくなったわけではない
「デザインの勉強をしなくてよくなる」という期待は、3ヶ月後には「そうでもない」という結論になっていた。
Google Stitch が出してきたUIの「ここが問題だ」と気づくためには、「良いUIとはどういうものか」という基準が必要だ。その基準を持っていないと、「なんとなく気に入らないが何が問題か分からない」という状態になる。
私の場合、使い続けるうちに「なぜこのUIが使いにくいか」を言語化しようとするようになった。その過程で、デザインの基本原則(視線の流れ、余白の役割、フォントの階層など)を断片的に学ぶようになった。「勉強しなくていい」ではなく「実践から逆引きで学べる」という変化だった。
半年後に残ったもの
使い始めて半年が経った今、最初の期待・不安・誤解のうち何が残っているかを整理する。
残った期待(正しかったもの)
- 「デザインに使う時間が減る」——これは正しかった。特に「最初の形を作る」フェーズの時間は、明らかに短くなった
- 「デザイナーがいないチームでも、それなりの品質のUIが作れる」——これも正しかった。完璧ではないが、「なんとかなる」レベルは超えている
- 「比較・検討のスピードが上がる」——複数のパターンを素早く生成して比べられることは、期待通りの効果だった
消えた誤解(間違っていたもの)
- 「プロンプトさえ書けばプロ水準が出る」——出ない。「使えるレベル」は出るが、「プロ水準」は人間の手が必要な部分がある
- 「デザインの勉強が必要なくなる」——なくならない。むしろ「なぜ良いか・悪いか」を言語化する力は必要になる
- 「Figmaが不要になる」——不要にはならない。細部の調整・チーム共有・デザインシステム管理はFigmaの強みが残る
半年後に消えたもの
半年後に消えたものの中で、一番大きいのは「デザインに対する苦手意識」だ。
以前は「自分にはデザインはできない」という意識があって、それが「新しいUIを作る」というタスクへの着手を遅らせていた。Google Stitch を使い続けることで、「形にしてから考える」という習慣が身についた。うまくいかなければ修正すればいい、という感覚が自然についた。
「デザインは専門家だけのもの」という思い込みも、使い続けるうちに薄れていった。もちろん専門家の方が品質は高い。でも「デザインに参加する」ことは、専門知識がなくてもできるということが分かった。
よくある質問(FAQ)
Q1. デザイン知識がない状態でGoogle Stitch を使い始めるのは無謀ですか?
無謀ではありません。むしろデザイン知識がない方こそ、Google Stitch の恩恵を受けやすい立場にあります。「最初の形を作る」という最も技術が必要だった部分をAIが担うため、知識がなくてもデザイン作業に参加できます。デザインの知識は、使いながら「なぜこれは使いにくいか」を考えていく中で自然に身についていきます。
Q2. 半年使ってデザインの知識は増えましたか?
増えました。ただし「教科書的な知識」ではなく「実践から逆引きした知識」です。「このUIのここが使いにくい」という問題意識が生まれ、その原因を調べる過程で「余白の役割」「視線の動き」「フォントの階層」などを断片的に学びました。体系的ではありませんが、実際の作業に直結した知識として身についた感覚があります。
Q3. 「良いUIと悪いUI」の違いが分かるようになりましたか?
「感覚的には分かるが言語化が難しい」という段階から、「ある程度言語化できる」という段階に進んだ感覚があります。「なんか使いにくい」と思ったときに「タップ対象が小さすぎる」「テキストのコントラストが低い」のように具体的に特定できる場面が増えました。完全ではないですが、半年前より確実に判断の解像度が上がっています。
Q4. 使い始めて3ヶ月・半年と、変化はありますか?
あります。1ヶ月目は「どうプロンプトを書けばいいか」という操作感の習得が中心でした。3ヶ月頃から「何を作るかの判断」に意識が向くようになり、半年後には「Google Stitch に任せる部分」と「自分で判断する部分」の切り分けが自然にできるようになっていました。
Q5. デザイン専門職の方に見せて評価はどうでしたか?
「ベースとしては使えるレベル」という評価でした。「プロのデザイナーが作ったクオリティ」とは言われませんでしたが、「ゼロから作り直す必要はない、手直しで済む」というフィードバックをもらいました。デザイン専門職の方と一緒に作業する場合は、「最初の叩き台を作るツール」として紹介すると受け入れてもらいやすいと感じています。
Q6. 使うのをやめたくなった時期はありましたか?
最初の1〜2週間は「思ったものが出てこない」というフラストレーションを感じた時期がありました。でも「プロンプトを変えてみる」「複数回生成してみる」という試行錯誤を続けるうちに、感覚が掴めてきました。やめたくなる時期は「まだ使い方が分かっていない段階」であることが多く、その時期を抜けると一気に使いやすくなります。
Q7. Google Stitch を使い続けることで、Figmaへの苦手意識は変わりましたか?
変わりました。Google Stitch でUIを作り続けることで「デザインの語彙」が増えた感覚があり、Figmaを使うときに「何をしたいか」が明確になってきました。「Figmaでどう操作するか」の部分はまだ苦手ですが、「何を作ればいいか」がクリアになったことで、Figmaへの心理的ハードルが下がりました。
Q8. デザイン知識ゼロの状態で使い続けることに意味はありますか?
あります。「デザインの技術」がなくてもUIの意思決定に参加できるようになること、「良し悪しの感覚」が実践から育つこと、チームや仕事の中でデザインについて具体的に議論できるようになること——これらは、専門知識なしに使い続けることで得られるものです。「デザインの勉強をしてから使う」より「使いながら学ぶ」の方が、実践に直結した学びになります。
「デザインの壁」はなくなったのではなく、形が変わった
半年使い続けて思うのは、「デザインの壁がなくなった」のではなく「壁の形が変わった」ということだ。
以前の壁は「技術的な壁」だった。「Figmaが使えない」「色の組み合わせが分からない」「レイアウトのルールを知らない」という、スキルの問題。
今の壁は「判断の壁」だ。「何を作れば本当に解決するか」「このUIで目的が達成できるか」「ユーザーはこれを使いやすいと感じるか」という、思考の問題。
後者の壁は、ツールがいくら進化しても人間が越えるしかない。でも前者の壁が低くなったことで、後者の壁に集中できるようになった。それが、半年使い続けて得た、一番大きな変化だと思っている。